猫城-薩摩外城・隼人民族居城伝

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  2014年地元御領公民館を中心に猫城(鹿児島県南九州市頴娃町御領)の跡地に建つ石碑までの道が発見されトレッキングできるようになった。キッカケは頴娃町の歴史が書かれた「頴娃町郷土史」に石碑を建てた記述があり、地元の木之元集落長::富松兼治氏らがこの高峰山を歩きまわりついにその石碑を見つけた。石碑を見るとまるで2、3年前に建てられたような新しく見えるが、地元の人も石碑があることすら知らず、何年も人が入っていない山となっていた。まるで道ができることを待ちわびていたかのように建っている。

 郷土史によると、古くは「阿多隼人」の居城の可能性があるとか。地形からして東は高取川、西は馬渡川、南は2つの川が合流しており3方を天然の堀に囲まれ、北は急傾斜になっている天然の要害になっている。木之元集落の周囲には城にちなんだ地名(城ヶ崎、深掘)などの字地名が残っている。また木之元集落と高取集落の間の高取川付近からは縄文土器などが出土しており古くから人が住んでいた痕跡がある。地形的に「城」にするにはもってこいの地形である。戦国時代は伊集院氏の居城となったりした。江戸時代には藩の外城となり「伊勢光」という美女の墓石が城の入口付近に残っている。地元では「埋蔵金伝説」などがあるがよくわからない。

 

 城跡への入り口はゴルフの「打ちっ放し場」前の坂道を上り切った場所(杉林と畑の間)からアクセスする。突き当りを左に曲がると林道に入る、人一人が入れるほどの林道が続く。

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  また、いつ頃できたものかはよくわからないが、所々石垣が残されている。

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 林道脇には色々な植物が生えている。

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 林道の中を800mほど進むと石碑にたどり着く。丘の上からの標高差は50mくらいしかないのでプチトレックングでいける。まだまだ、観光地化するには未開拓で「やっと道だけができた」だけなので、トイレなどは済ませてからスタートしたい。

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 入り口さえ間違えなければ、所々テープやヒモなどの目印があるので簡単わかりやすい。

地図 http://yahoo.jp/BEYmfT (写真で見ると入り口や地形がわかりやすい。)

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